神はなぜアナニヤを用いたのですか?
- Katsumi Sunaga
- 5月29日
- 読了時間: 3分
質問:なぜ、イエスは自分でサウロの目を癒さず、アナニアを使ったのですか? [使徒 9:3-]
わざわざアナニヤを説得したりせず、自分で癒してしまえばよかったのでは?
答え: 神はご自分が立てた原則に忠実なお方だからです。
神が直接パウロの目を癒さなかったことには、いくつかの理由があると思います。
① 神は、人間に触れるために直接的に手を出すことはされない。
天地創造のときから、神は、人間に地上のすべての支配の権威と力を与えられたので、神が直接 人間に関わることはできません。そのため通常、神は人間を用いて働かれます。もしくは人間の姿をした天使たちが用いられることもありますが、それは人間の力をはるかに超えた事柄を実行するとか、人間に神からのメッセージを伝えるだけの伝言者のような役割です。神がイエスという姿の人間になられたのも、地上で変化をもたらすことができるのは人間だけだったからです。パウロの目をいやすときも、神はご自分の原則に従われ、アナニヤという人間を用いられたということです。
② パウロが回心したことの証人となるため。
パウロはダマスコという町に向かっていましたが、それはクリスチャンたちを捕まえて迫害するためでした。パウロの名前はクリスチャンにとって 「最強の迫害者」 という評判で有名でした。そんなパウロが一瞬にしてイエスを信じて回心したのですから、他のクリスチャンにとっては、「本当か?ウソじゃないだろうな?だまされるのでは?」 という不安と心配があったに違いありません。神の世界には、「二人または三人の証人の証言によって、すべてのことが立証される。」 (マタイ 18:16) という原則があります。パウロが一人で秘密にコソっと救われたのなら、誰も彼の回心を信じることはなかったでしょう。しかしアナニヤが遣わされて祈ることによって、パウロがイエスに出会って盲目になったこと、悔い改めて断食していたこと、神によって目が癒されたこと、本当に救われて、聖霊のバプテスマまで受けたことの証人となったのです。
③ お互いに正しい信頼と服従を学ぶため
パウロは大祭司から 「クリスチャン迫害」 の使命を受けて、第一人者としてその働きをトップでリードしていました。彼は自分の力に頼り、自分で実行し、自分で成し遂げる人でした。しかし盲目になったことにより、彼は手を引かれて歩くようになり、人に頼らざるを得なくなりました。アナニヤという無名の人から助けられ、イエスのことを教えられるようになりました。天地創造のときから、「人が独りでいるのはよくない」 と言われた神は、このように 「人を用いて人に触れる」 ことによって、お互いに頼り合い、服従し合い、助け合うという神の御国の文化を地上で表そうとしていると思います。
神は人がいなくては働くことができないのですから、あなたも積極的に神に用いられる人になって、多くの人々に触れてください。


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