top of page

Ask the pastor
聖書と福音のQ&A
イエスキリスト
ステパノは、なぜアブラハムからソロモンまでの物語を話したのですか?
質問:その物語と使徒 7:51〜53はどのように繋がっているのですか? [使徒 7:1-53] ステパノがしたイスラエルの歴史の口述と、彼のまとめの説教の関連性を教えてください。 答え: 歴史の昔から示されていたイエスのひな型と、ユダヤ人のかたくなな心の叱責です。 ステパノは、モーセの慣習を変えて神殿を壊そうとしているという訴えに対して答えています。ですから、その反論として、モーセについてと神殿についての弁証を展開することになります。 その中で、ステパノが強調しているのは、ユダヤ人たちは、神が立てて遣わした人々を常に迫害して拒絶してきたという歴史です。これを通してステパノは、ユダヤ人がついにはイエスという神が立てて遣わした救い主さえも拒絶して殺してしまったと責めているのです。さらにこの箇所では、イスラエルの歴史で神に選ばれて遣わされた人物とイエスを重ねて語ることによって、今でも同じ過ちを繰り返していると訴えています。 神に選ばれたアブラハムはこの地に入ったが、相続地は足の踏み場もないほどだった。すなわちアブラハムの子孫であるイエスもこの地に来たが
Katsumi Sunaga
5月28日読了時間: 3分
なぜ3人だけ?
質問:ヤイロの娘を癒す時に、なぜイエスはペテロ、ヨハネ、ヤコブの3人しか一緒に入ることを許されなかったんですか? [ルカ8:51] 癒しのためだったら3人だけでなく、弟子12人全員で入ったほうが、12人みんなの信仰が集まって強くなるだろうにって思いました。 答え:イエスは信仰を大切にしたから、あえて3人にしたようです。 確かに人々が大勢が集まれば、信仰も集まって力が増すだろうと思いますよね。しかし、信仰は必ずしも単に集まった人数に比例しているわけではありません。集まった人たちに 「信仰があれば」 たしかに信仰は増し加わるでしょうが、集まった人々が 「不信仰の人々」 ならば、かえって不信仰が増し加わってしまいます。 実際ここで集まった町の人々は、死んだ娘をよみがえらせようとしているイエスを 「冷ややかにあざ笑っていた」 と書かれています。そこには大勢がいたものの、不信仰が増し加わっていたのです。これはカペナウムという町で起こったことですが、実際にルカ10章では、イエスがこの町の不信仰を責めているのを見ることができます。 死人をよみがえらせるという地
Katsumi Sunaga
4月17日読了時間: 2分
bottom of page
