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テオフィロ様って誰ですか?

執筆者の写真: Katsumi Sunaga
Katsumi Sunaga
5月28日
読了時間: 3分

質問:ルカ福音書と使徒の働きの初めに、「テオフィロ様へ」と宛名がありますが、これは誰ですか?


二度も出てくるので興味がわきました。誰か分かれば教えてください。


答え: ローマで、パウロの裁判を担当した司法関係者と思われます。


パウロは晩年、エルサレムにいるときに、ユダヤ人たちの陰謀によって捉えられました。さらにユダヤ人たちの暴徒や暗殺計画を避けるために、地中海沿いのカイサリアという町で幽閉されていたとき (AD 60-62)、裁判について選択肢が与えられた際に、パウロは、「私はエルサレムでユダヤ人たちによって裁かれるよりは、ローマのカイサルに上訴します」 と言いました。そのため、パウロはローマに行って、カエサルをはじめとする高官たちから裁判を受けることになりました。


テオフィロとは、パウロのローマ裁判で司法を担当した人物と思われます。検事側か弁護士側かは分かりませんが、ルカが彼に対して敬語を使っているので、相当の立場の人物だったと思われます。


しかし、パウロを裁判すると言っても、ユダヤ人の宗教観や歴史に詳しくない人たちでは正しく裁判できるはずがありません。そこでまず、パウロとは誰か? 何をしたのか? なぜユダヤ人がローマで裁判を受けるのか?などという情報が必要になります。そのため、ルカは、パウロの人物像、回心した背景、宣教旅行などについて使徒の働きという書物で詳細に記述することになりました。


さらには、そもそもイエスとは誰か? その教えとは何か、なぜここまで拡大したのかなど、それらのことを知らずして正しい裁判を受けることができません。そのため、ルカによる福音書が書かれ、イエスの誕生から死、よみがえり、昇天まで、「順を追って詳細に」 記して、ローマの司法局に提出されたと思われます。


ですからルカ福音書では、イエスがカイサルへの税金支払いを真っ向から否定しなかったこと、ローマの百人隊長のしもべが癒されたこと、ローマからの総督ピラトもイエスに罪を見出さずに釈放しようとしたこと、十字架を目撃したローマ百人隊長もイエスが王であったと認めたことなど、ローマ人が好意的に感じる記述されています。


さらに使徒の働きでは、パウロがローマ市民であり、勝手に処刑することはできない市民権を持っていること、ローマでの裁判に至ったのは、パウロの言動が悪いからではなく、ユダヤ人たちの陰謀と暴動によるものであることなどが気をつけて書かれています。


結果的にパウロは、ルカの努力のゆえに、この裁判では無罪の宣告を受けて釈放されることとなりました (AD 64)。


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