ステパノは、なぜアブラハムからソロモンまでの物語を話したのですか?
- Katsumi Sunaga
- 5月28日
- 読了時間: 3分
質問:その物語と使徒 7:51〜53はどのように繋がっているのですか? [使徒 7:1-53]
ステパノがしたイスラエルの歴史の口述と、彼のまとめの説教の関連性を教えてください。
答え: 歴史の昔から示されていたイエスのひな型と、ユダヤ人のかたくなな心の叱責です。
ステパノは、モーセの慣習を変えて神殿を壊そうとしているという訴えに対して答えています。ですから、その反論として、モーセについてと神殿についての弁証を展開することになります。
その中で、ステパノが強調しているのは、ユダヤ人たちは、神が立てて遣わした人々を常に迫害して拒絶してきたという歴史です。これを通してステパノは、ユダヤ人がついにはイエスという神が立てて遣わした救い主さえも拒絶して殺してしまったと責めているのです。さらにこの箇所では、イスラエルの歴史で神に選ばれて遣わされた人物とイエスを重ねて語ることによって、今でも同じ過ちを繰り返していると訴えています。
神に選ばれたアブラハムはこの地に入ったが、相続地は足の踏み場もないほどだった。すなわちアブラハムの子孫であるイエスもこの地に来たが、イスラエルの土地を手にしたのではなかった。この救い主には土地の相続以外の目的があったということ。
神が選んだヨセフを兄弟たちが憎んで殺そうとしたこと、しかしヨセフは結果的に全土を治める首相となったこと。これもイエスが同胞から憎まれたことを言っています。
ヨセフを知らない別の王が出てきて、赤ちゃんを皆殺しにしたこと、しかし結果的に、神が選んだモーセという人物が出てきたこと。これは、ヘロデ王が赤ちゃんを皆殺しにしたという、イエス誕生と重なっており、イエスこそモーセの再来であると言っています。
モーセが 「私のような預言者が出てきたら、彼に聞きなさい」 と言ったのに、人々はそのイエスを拒絶して殺してしまった。
モーセは自分の同胞のイスラエル人を助けることによって、「人々が、私が神から遣わされた者だと分かるだろう」 と思いましたが、かえって人々は、「誰がお前を私たちの主にしたのか」 と言って拒絶した。
神がモーセを選んで大きな奇跡を行ったのに、人々はモーセを嫌い、彼に従うことを拒んだ。これはユダヤ人がイエスが奇跡を行なったのに、ユダヤ人がイエスを嫌い、従わなかったことを言っています。
これらの歴史的に繰り返す出来事を、イエスに当てはめて、使徒 7:51-53 につながることになります。
「あなたがたは、いつも聖霊に逆らっています。あなたがたの先祖たちが逆らったように、あなたがたもそうしているのです。あなたがたの先祖たちが迫害しなかった預言者が、だれかいたでしょうか。彼らは、正しい方が来られることを前もって告げた人たちを殺しましたが、今はあなたがたが、この正しい方を裏切る者、殺す者となりました。」
このように、ステパノがあげる人名とストーリーは、イエスのひな型となっていて、当時の人々が神の選びの器を拒絶したと同じように、ついにあなたがたは救い主本人を拒絶したと伝えています。それは同時に、つまり、「あなたがた自身が、ずっと軽蔑してきた迫害者になっているのだ」 ということも意味するのであって、そのために人々は、「はらたわが煮えくり返るように憤った」 のです。
全部をお伝えすることはできませんが、このような視点でこの章を読むと、ステパノが言いたかったことが分かってくるのではないでしょうか?
私は、神学校時代に、この箇所から 「ステパノがあげる人物と、イエスとの類似点を見つけよ」 という宿題が出されたのを覚えています。あなたはいくつ見つけられますか?


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