3度も繰り返されるのは意味がある?
質問:イエスが祈りに行かれた時、ペテロたちが眠っているのを見て「目を覚ましていなさい」というのが三度ありました。この三というのは、ペテロがイエスを三度知らないということ、また、イエスがよみがえった後にペテロに「私を愛しているか」と三度聞くことに関係してますか?
聖書に「三度」同じことが繰り返されることが多いのはなぜですか?
答え:
よく気づかれましたね。
聖書のユダヤ文化の中で、3度というのは特定の意味があります。せっかくですから、いくつか上げてみましょう。
神はサムエルの名を3回呼ばれた。
ダニエルは一日に3回神に祈った。
イエスは3回ゲッセマネの園で祈られた。
イエスは3回弟子たちに 「起きていなさい」 と言われた。
ペテロは3回イエスを否定した。
ピラトは3回イエスが無罪だと宣言した。
イエスが3回ペテロに 「愛しているか」と聞いた。
ペテロは3回、汚れた動物のふろしきの幻を見た。
パウロは3回「このトゲを取り除いてください」と祈った。
天使は3回「聖なるかな・聖なるかな・聖なるかな」と叫ぶ。
天使は3回「災いだ・災いだ・災いだ」 と叫ぶ。
このように、聖書時代の文化では、何かが3回繰り返されるというのは、「物事の完全性、この上ない強調、神からの確証」 という意味があります。
古代ヘブライ語では、「最高に」「最も」「究極的に」とかいう最上級を表現する言葉が見つからないとき、その言葉や動作を3回繰り返すということをしていました。それによって、この行為や出来事が、「これ以上なく確認される」 という意味があったようです。当時は次のような文化的な考えがあったようです。
1回目には事実が認められる。
2回目には事実が強調される。
3回目には絶対的な確証になる。
聖書にもこう書かれています。
「二人か三人の証言によって、すべての事実が確認される。」
[申命記17:6 + マタイ 18:16]
イエスが3度 「目を覚ましていなさい」 と言われたのは、これから弟子たちが直面しようとしていた、イエスが死んで師匠を失ってしまうという試練に対して、最大限に警告をされたということを示すためだったのでしょう。
あなたは、神様から何か3回 言われたことがありますか?

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