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パリサイ人、サドカイ人って誰ですか?

  • 執筆者の写真: Katsumi Sunaga
    Katsumi Sunaga
  • 2月19日
  • 読了時間: 3分

更新日:2 日前

質問:パリサイ人? サドカイ人?

福音書を読んでいると、パリサイ人やサドカイ人が出てきますが、この人達は、どこかの国の人ですか?それとも何かの職業のことでしょうか?


答え:人種ではなく、ユダヤ教の中の「正反対な二大宗派」

福音書を読んでいるとしばしば登場するこの名前。日本語では「〜人」という呼ばれ方をしますが、実はペリシテ人のような人種(民族)のことではありません。これは当時のユダヤ教にあった「宗派」を指しており、現代の私たちには「パリサイ派」「サドカイ派」と呼ぶ方が理解しやすいかもしれませんね。どちらもBC150年あたりから登場し、ギリシャ帝国からローマ帝国へ移行していく中で、イスラエルに王が不在であった時期に国の主導権を握ったグループです。

聖書の世界をより深く知るために、一緒にその本質をひも解いていきましょう。


まず「パリサイ派」についてですが、これは「分離」を意味する「パリシー」という言葉が語源となっています。

その名の通り、聖書のことばを文字通り厳格に守り、世俗的な汚れから自分たちを切り離して生きようとした人々で、「律法学者」とも呼ばれました。当時のユダヤ文化はすべてが律法に基づいていたため、彼らは「ラビ」と呼ばれる教師として宗教的な指導者の立場にありました。

彼らには良い功績もあり、ギリシャ帝国の支配下で神殿に行けなかった民衆のために「シナゴーグ(会堂)」を創設したり、聖書を教える組織を作ったりしました。しかし、そのあまりの厳格さゆえに、人々から恐れられ、避けられる対象でもありました。


一方で「サドカイ派」は、ダビデ王時代の祭司「サドク」の名に由来するグループです。

彼らはおもにエルサレムの神殿を管理していた祭司や貴族階級の人々でした。パリサイ派が宗教的な指導者であったのに対し、サドカイ派はどちらかというと「政治的な指導者」であり、ローマ帝国やヘロデ王といった時の権力者との取引によって政治的権力を維持していました。

価値観もパリサイ派とは正反対で、復活や天使、霊的な存在を否定し、非常に物質主義的で妥協的な考え方を持っていました。経済的にも富裕層が多く、イエス様が金持ちを戒めた例え話の多くは、このサドカイ派に向けられたものだと思われます。


この二つの派閥は、教義も価値観もまさに正反対の対極にありました。当時のイスラエルの最終決定機関である「サンヘドリン(70人議会)」はすべてこの両派で占められ、その7割がサドカイ派だったと言われています。

普段は激しく対立し、決して相容れることのなかったこの両派ですが、実は歴史の中でたった一度だけ、固く一致したことがあります。それが、他でもない「イエス様を十字架にかける」という目的においてでした。



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