必死に、何度も、しつこく求める?
- Katsumi Sunaga
- 4月17日
- 読了時間: 2分
質問:神様は必死に何度も求めないと聞いてくれないのですか? [ルカ 11:5-13]
ここのたとえに出てくる神様は、なかなか願いごとを聞いてくれず、必死にしつこく祈らないと叶えてくれないように思えますが・・・。
答え:父なる神はそうではなく、まったく正反対です。
ここでイエスが言われた例え話は、理解しづらい箇所としてあげられるたとえの一つです。
一見するとイエスは、「友人に対して普通に求めても聞いてくれないが、しつこく頼んだら聞いてくれる」 と教えているように見えます。しかし、ここは 「しつこさ」 について教えているのではなく、「誰に」 頼んでいるのかということを教えようとしているのです。
ここでイエスが言いたいのは、「あなたの友人でさえ都合が悪い真夜中であっても結局は願い事を聞いてくれるだろう。であるならば、あなたの父ならどれほど簡単にあなたの願いをかなえてくれると思う?」 と伝えているのです。
このような理解しづらい文節は、それが書かれている文脈全体を見る必要があると思います。事実、11章2節では、「このように祈りなさい。私たちの父よ・・・」 という箇所から始まります。そして友人の例えの後、11節でまた 「父なら子にヘビやサソリを与えない」 と語り、13節では、「それなら、なおさらのこと、あなたの天の父は、あなたの祈りを聞いてくださるのです」 と結んでいます。
「友人」 について語っているものの、それは 「父」 と比較するために用いられているものであり、つまりイエスが本当に言いたいのはまったくの正反対で、「父に祈るなら、しつこく祈らなくていい」 ということです。
これと似た文脈として、マタイ6章にも同じく 「主の祈り」 が教えられているところで、イエスはこのように言われました。
「祈るとき、異邦人のように、同じことばをただ繰り返してはいけません。彼らは、ことば数が多いことで聞かれると思っているのです。あなたがたの父は、あなたがたが求める前から、あなたがたに必要なものを知っておられるのです。ですからこう祈りなさい。「私たちの天の父よ・・・。」 [マタイ 6:7-8]
とてもよいところに気づきましたね!これをきっかけに、天の父に大胆に祈ってみてください。


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