御国の奥義を知ることが許されていない人たち?
- Katsumi Sunaga
- 5 日前
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質問: イエスが言った「あなたがたには天の御国の奥義を知ることが許されていますが、あの人たちには許されていません」とはどう言う意味ですか?福音の真理がわざと理解できないようにしていたと言うことですか? [マタイ 13:11]
答え:
これについては、イエス本人が、13章13節でその理由を述べておられます。
「わたしが彼らにたとえで話すのは、彼らは見てはいるが見ず、聞いてはいるが聞かず、また、悟ることもしないからです」
この説明からすると、あえてイエスの方から人々が理解できないようにしているのではなく、彼らのほうが 「見えていない、聞いていない、悟っていない」 ということになります。
イエスの本心は、ユダヤ人全国民がイエスを神として見て、イエスを主として受け入れ、イエスが救い主 (メシア) だと悟ることです。しかし、彼らのほうでそれを見ようとしない、聞こうとしない、悟ろうとしないというのが現実だったのです。イエスが彼らを理解させなかったのではなく、彼らがそれを選び、かえってイエスがそれに対応するしかなかったということです。
そのような聞く耳のない、信じる心のない人たちに対して、白黒はっきりと 「わたしが神です」 と明言して伝えたとしたらどうなったでしょう? 彼らはすぐに心を閉じて、はっきりと拒絶して、明白に否定して、さらにかたくなになってしまうことでしょう。そしてはっきりと明白に滅びを選んだに違いありません。
ですからイエスは、それを避けるために、白黒はっきりと明言せずに、「たとえ」 で話され、グレーな言い方をされたのです。はっきりと質問されなければ、はっきりと答える必要はありません。はっきりと選択肢が示されなければ、はっきりと決断する必要はありません。はっきりと選択していないのであれば、滅びが確実になることも避けられます。「たとえ」 で語ることは、はっきりと受け入れて、はっきりと選択することができない人々に対する愛と恵みと忍耐だったのです。
しかし12弟子たちは、イエスの話しを 「聞きたい、見たい、悟りたい」 と願っている人たちでした。そのような人たちに対しては、イエスはご自身についてはっきりと伝え、彼らが明白な決断を下すことができるようにしてくださいました。「あなたがたには許されている」 というのは、神が一方的に許可を与えたというのではなく、「そのような前向きな心を持っている人たちにははっきりと示すことができる」 という意味です。
さらに12節で、「持っている者はさらに与えられて豊かになり、持たない者は持っているものまでも取り上げられてしまう」 というのもこれに当てはまります。イエスを知りたい、理解したいという前向きな心を持っている人は、イエスの明白な話を聞くことによって、その啓示がさらに与えられますが、イエスを知りたいという気持ちを持っていない人は、イエスの福音をはっきり知ることによって、逆につまずき、嫌がり、距離を置こうとしてしまうのです。イエスは、光を求める人にとっては喜びですが、暗闇にいたい人にとっては目の上のたんこぶです。
私たちも、イエスについて、たとえであっても、明白な発言であっても、快く受け入れて、信じる人になりたいものですね。

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