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なぜ「わたしを愛しますか?」と3回も聞いた?

  • 執筆者の写真: Katsumi Sunaga
    Katsumi Sunaga
  • 3 日前
  • 読了時間: 4分

質問: ヨハネ 21:15-17で、イエスはペテロに 「あなたは私を愛しますか。」と3回質問し、ペテロは 「わたしがあなたを愛することは、あなたがご存じです。」と3回答えました。しかしギリシャ語では、イエス様の1、2回目の質問は「あなたは私をアガパオーしますか?」、そして3回目の質問は「あなたは私をフィレオーしますか?」と聞いており、異なる動詞を使っています。ペテロはそれに対し、3回とも「私はあなたをフィレオーします」と回答しています。


質問① どのようにこの箇所を解釈すべきでしょうか。


質問②ヨハネは何を強調したかったのでしょうか。


質問③イエス様が話したアラム語でもそのような意味合いの違いがあったのでしょうか。



答え:

質問に一つずつ答えさせていただきます。


質問① 解釈について

確かにこの箇所は、イエスが十字架にかかる前、ペテロがイエスを3回にわたって否定したので、復活された後、イエスはペテロの信仰を完全に回復するために、イエスを愛していることを3回確認されたというものです。


しかしこれは、イエスがそれを知りたいと願っていたのではなく、ペテロが自分でそれを知るため、ペテロに自分がイエスを愛していることを再確認させるため、その機会を与えられました。ペテロも「私があなたを愛していることを、あなたはご存知です」と言いました。ただこの事実を知らなかったのは、ペテロ本人でした。


ペテロはイエスに 「あなたを愛しています」 と答えるのですが、それは過去の経験による恥と罪悪感に満ち、自信のない、不確定な答えでした。しかしイエスからのこのしつこい質問によって、ペテロは 「自分は本当にイエスを愛しているのだ!」という事実を再発見したことでしょう。イエスとの直接的な会話により、恥と罪悪感が取り除かれ、自信と確信に満ちて、イエスを深く愛しているという自分を見出したに違いありません。


この事実だけで、ペテロが最後に逆さ磔を受けたことに直接結び合わせるのは難しいかもしれませんが、少なくともペテロがこれから続くイエスとの愛の関係を深め続ける大きな礎石と土台となったことには間違いないでしょう。


質問② アガペとフィレオについて

ギリシャ語で 「愛する」 という言葉は全部で4種類ほどあると言われています。有名なのはアガペ、フィレオ、エロスなどです。キリスト教会では、「アガペは神の愛に限定される特有なことばであり、フィレオは人間同士の兄弟愛である」 と思われがちですが、じつはそうではありません。アガペとフィレオについては愛の深さや献身に違いがあったとしても、同じ文脈で相互に入れ替えて使われている場合が多くあります。人間の愛でもアガペが使われたり、神の愛でもフィレオが使われる場合もあります。


ペテロが 3回とも 「あなたをフィレオします」 としか答えないので、私たちは、「アガペって言えないほど自信がなかったんだね。」 とか 「そんな人間的な愛で大丈夫なの?」と心配になりますが、この理解が当てはまるとするなら、「ここでのアガペとフィレオの使用については、あまり霊的な意味はない」 ということになり、実際にそのような理解を持つ学者も多くいます。


しかしもし意味を見つけるとしたら、ここであえてアガペとフィレオを使うことによって、イエスがペテロに伝えたかったのは、どのような深さや広さや献身であったとしても、「自分はイエスを愛している」 という事実をペテロに再認識してもらいたかったのではないでしょうか。「神を愛するのだからアガペの愛でなければダメ!フィレオは人間的な愛だから薄い!」 というものではなく、イエスはあえてフィレオを使い、それを受け入れることによって、「ペテロは、神としても人間としてもイエスを包括的に愛しており、イエスの存在のすべてを愛している」 ということを見てほしかったのだと思います。


質問③ アラム語での意味について

イエスの時代は日常的にアラム語が使われていたというのは、キリスト教界にある一つの説でしかありません。アラム語というのは、アッシリア・バビロン帝国時代にユダヤ人が身につけた言語ですが、これらのアラム語圏の帝国がユダヤを統治した期間は100年くらいしか続きませんでした。その後のギリシャ帝国による統治は400年続きました。この間、アッシリア・バビロンのアラム文化は残っていたとしても、その後400年続いたギリシャ語の影響のほうが多大であり、旧約聖書がギリシャ語で翻訳されるほどの普及をみせました。ですから「アラム語が母語となっていたというのは行き過ぎであり、当時もヘブライ語が日常の言語であった」という学者もたくさんいます。イエスがアラム語で語ったことが新約聖書に記述されているので、まるで全部がアラム語であったと理解されがちですが、あくまでイスラエル北部にあった方言やなまり程度であったという説もあります。このヨハネ21章についても、アラム語だったら聖書の意味や解釈が変わってしまうというほどの影響はないかと思われます。


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